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2008年08月29日

生産なき富は崩壊する

「宝くじが当たったら何をするか?」誰もが一度は考えたことがある夢想ですね。


しかし、実際に当選した人のその後を聞くと多くの人が当選をきっかけに仕事をなくしたり、家族や親戚とのトラブルに陥ったり、最後は自己破産などの末路を辿っているようです。


これは、生産性のない富が手に入った人は、その富みを生み出し続けることはできない事実を忘れその富みに執着し、使ったり増やそうとして本来大切にすべきことをお座なりして負の連鎖をうんでしまうのだと思います。

またフリーターの若者の中でパチンコによる収入で生活を続ける人がいます。俗に言う「パチプロ」ですね。当社にも頻繁にそのような生活をしている方々が職を求めて来られます。


そして皆さんが同じような言われることが
「生活は普通のサラリーマンよりは良い暮らしができるけど常に虚無感がつきまとっているのです」
という言葉です。


つまり人は生産性のない富は決して身に付かず幸福感を生み出さないものなのです。


このような事実から人は多くの生産性を自覚できた時初めて真のやりがい感や充実感を味わえるということになります。


さー今日から今以上の生産性を追求していきましょう。それは決して富のためではなく自分のために。

2008年08月22日

介護という労働

日本、インドネシアの両政府が昨夏に署名した経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシアから看護師、介護福祉士の候補者が来日することが決定しました。初回はおよそ600名程度のスタッフ数のようです。


最近「老々介護」とか「認認介護」等の言葉が巷で一人歩きしています。

今後日本は誰もが知っているように高齢社会を向かえる事実があります。その背景の中で介護という事業は、何よりも重要な社会基盤になることも然りです。


しかしながら現在日本には介護事業に対して積極的な経営者が少ない事実があります。


そこには偏に労働に対しての賃金があまりに安い、賃金を上げたいが介護料に一定の枠組みを国から架せられるために付加価値を上げられない、更には国からの補助金がなければ成り立たないような構造。


海外からの低賃金労働者を招き入れるという安直な対策ではなく、根本的な制動改革が不可欠なような気がしてなりません。


補助金を出すことが国の役割と言う考えもいささか間違っているとも思います。そのような背景があるからこそ先般のコムスンなどのよう違法会社が急成長するような状況を招いてしまうのです。


今一度日本は労働というものを考え直さなくてはないらない時代にきているように思えます。

2008年08月15日

本当の優しさとは

人は得てして家族や親しい友人などに対しては、優しさの誤解をしているケースがあります。


自分の両親が年老いてきたからと言って、けがをしてはいけないからと何も労働をさせない、自分の子供に苦労をさせまいと何事も先回りして障害を取り除く。日頃気づかず行っている多くの優しさの誤解があります。


しかし、これらの間違った優しさは、ほとんどが相手のためになっているケースは少なく逆にそれぞれの自立を削いでしまっていることが多々あります。


年老いた両親にはいつまでの役割を担ってもらい、生き甲斐をそこに見つけてもらうことの方がはるかに大切です。子供には自立できる強さをもってもらうことが何より重要なことです。


こうやって文章で書くと至極当たり前すぎる話なのですが、あまりに近すぎる家族にはその意志を考えることをしなくなるものです。


そのような似非優しさは、実はすべて自分が満足するためにしているある意味での「エゴ」であり、先回りして行動することは、家族がつらい目にあうことを見たくないという自己防衛心が働いている現れなのです。真の優しさは相手の意思の中に答えを見つける行為だとつくづく思えてなりません。

2008年08月08日

公私混同の時代

これからの時代はより公私混同が始まり、その公私混同にビジネスが大きく影響されていくものと思います。

何やら公私混同と言えば、政治家の汚職や公務員の公金横領などマイナスのイメージばかりですが、これから起こる公私混同はそのような負の現実とは全く異なった新たな現象が生まれてくるものと思います。
実際に現在でもインターネットの普及に伴い、ブログが生まれその日記型ホームページへの書き込みが大きな社会影響を与えています。
ブログの内容については全くもって公私混同となっており、私的な考えを公的な立場から発信したり、自由に意見がオープン化されています。更にはそのブログに対してあらゆる公私混同者が意見を書き込み大きなネットワークとなっていく。
これらの現象のようにこれからは、どこまでが公的な活動でどこまでが私的な意見だと線を引くのがとても難しい時代となっていくと思います。

私はこのような公私混同現象はとても民主主義的で正しい現象だと好意的に受け止めています。

もっと個人としてしっかり意見を持ち、仕事に取り組むことが求められる時代が到来したにかもしれませんね。

2008年08月01日

職業なのか生き方なのか

お坊さんや神父さんという聖職は職業なのか、それとも生き方なのか、あなたはどうお考えになられますか。

私は当然ながら生き方であるべきだと思います。
私はこのような特定の仕事に限らずすべての仕事が生き方そのものであるべきだと考えます。

とかく聖職などは商売的感覚を逸脱し、その人の生き方が重要視されますが、決して偏った仕事だけに生き方が求められるものではないはずです。
大工という職人には、その人のものづくりの生き方が反映されて然りだし、一般企業の営業職においても何を提供し誰を喜ばすかその活動そのものが生き方であるはずです。
兎角働くことを単なる仕事ととらえがちになると、仕事は単なる作業になりその時点で生きがいというものから遠ざかります。

現在転職を考えている方には、もう一度働くことが作業ではなく生き方だと捉え、その仕事を通してどんな生き方をするのかを真剣に考えてみてください。
そうすることで単なる条件や企業ブランド以外にあなたが選ぶべき企業像、職像が見えてくるはずです。