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2007年04月29日

プロフェッショナル八カ条 <四条:安定と自由>

四条、真の安定と自由を与えるもの、それがプロフェッショナルイズム

仕事を選択する時に多くの人は「安定」を望むようである。
安定とはいったいどんな基準を満たせば得られるものなのか。

売上、社員数、社歴が多く長い企業へ就職をすれば得られるのか、それともIT業界のような成長分野に属する会社を選択すれば得られるのか、いやそれとも資格を取得すればよいのか。
きっとどれも真の安定は得られないのではないか。

会社に雇われている間はどんな会社を選んでも本当の安定は得られないものである。
もし真の安定を手に入れる方法があるとすればそれはプロフェッショナルになること。
プロフェッショナルは、安心を得られる価値あるもので、それが最大の魅力と言える。

会社へ帰属していても本当の知識と技術を身につけて入れば、その会社から追い出されることはない。もし万が一会社が無くなったとしても幾らでも生きる術は見つかるはずである。

更にプロフェッショナルは、安心以外にも自由という財産を手にすることもできる。
プロフェッショナルは、人間にとって最も重要かつ基本的なものである安定と自由を求めて生きていける最良の姿なのではないか。

2007年04月26日

プロフェッショナル八カ条 <三条:使命感>

三条、使命感がプロフェッショナルを育てる

プロフェッショナルに最も重要なものは、使命感と自立心である。また社会に寄与することを唯一の動機として働かなければならない。

当然ながら経営者はこのプロフェッショナルの権化でなくてはならない。
あなたがもし本当にプロフェッショナルと呼ばれたいなら、まずは何のために働いているのか、その目的を明確にすることから始めなさい。

その目的が何かの使命に燃えているならまずはプロフェッショナルへの第一歩が始まると言える。そしてその働くという行為が、社会へ影響することであり、何かプラスの効果を与えられるように全力で努力を繰り返す必要がある。

プロフェッショナルは一日にしてならず。

ひたすら純粋に使命に忠実に日々繰り返し、繰り返し働くことで得られる勲章と言えるのではないか。

2007年04月23日

プロフェッショナル八カ条 <二条:感動と敬意>

二条、感動と敬意を与えられることがプロフェッショナルの定義

プロフェッショナルの仕事は、人々にプラスの影響を与え、感動させ、感謝と敬意を得ることのできるものでなくてはならない。

そのためには、日々高度な知識と技術の習得に邁進し、その得た知識と技術によってクライアントの望みを適えることに何の揺るぎもなく行動をすることが原則となる。
単なる収益を上げるとか、ものを作るというものではなくそこに感動が得られなければプロフェッショナルの仕事とは言えない。

そして幾ら相手がクライアントであってもその行った行為により感謝と敬意を得ることができるものでなくてはならない。
その敬意を得るということはいったいどのようなことかを考え続け、意識をしてクライアントへの支援を行うことで、必ず職業人として自立し独立した身分が得られていく。

それこそがプロフェッショナルと言えるのである。

2007年04月20日

フィジカルエリートを目指すプロフェッショナル八カ条<一条>

この回から8回にわたりプロフェッショナルとは何かについて、渡辺亮氏の「プロフェッショナル原論」を参考に当社なりの考え方をまとめさせて頂きました。


一条、プロフェッショナルは働くという行為において自己決定権を持つ

プロフェッショナルとはいったいどんな人を指すのであろうか。
一流の仕事人を人はプロフェッショナルと言う。

プロフェッショナルとは、人生においての最大の関与、貢献事である「働く」という行為において「自己決定権」を持ちえることを言うのではないであろうか。

自己決定権とは、他人の意見に左右されることなく、自分で考え、自分で決定することができる権利のことであり、その結果から何か反省すべきことがあれば自分で律することも必要とする義務も併せ持った権利のことである。

人は自分で決め、自分で行動することで始めて多くのものを学び、成長していく。自主・自立・自律の3原則の上に成り立ち、そして自己決定を行える人をプロフェッショナルと言うのではないであろうか。

2007年04月17日

年齢と共に低下する「対人感受性」

どうして人は年齢と共に周りの人に対して無礼で高圧的になってくるのでしょうか。当然色んな経験と共にある意味での達観が起こり、驚きも不安も無くなることで人はとても大切な謙虚さというものを無くしていくのかもしれません。

良く笑い話で「大阪のおばちゃん」の厚かましさを誇大表現し、その傲慢さをブラウン管では漫才師などが演じていますが、実際の社会でも中年の方々が最も気配りに欠け、その傲慢さを披露している場面に出くわします。

人は年齢と共に多くを学び、人間関係の重要性や難しさをいやというほど体験してきているはずなのに、なぜ逆に人間関係を悪化させるような行動をとるのでしょうか。つくづく考えさせられますが、そこにはきっと自己成長という認識が欠落していった人に起こる現象なのだと思います。

自己を成長させようと思い続けている人は、いくつになっても当然ながら学ぼうという素直な姿勢がそこに存在します。

学ぼうとすると人は必ず謙虚になります。自分より年若の人に対してでも学ぼうという姿勢があれば高圧的にはなりません。人は年齢と共にどこかで成長欲を無くし「学ぶ」姿勢を無くしてしまうのではないでしょうか、その結果が厚かましくも不快な中年へと変貌させていくのだと感じます。お互い気をつけたいものです。

2007年04月14日

本当に楽しい環境とは

楽しい環境で働きたいと誰もが思うはずです。

若い社長が経営するIT系の会社では何かサークルのような和気あいあいとした賑やかさが見受けられ、若年層の人からはとても好感が持たれます。

しかし、そのフランクな環境は心から楽しいものなのかと言えば、それだけでは決して楽しいとは言えないはずです。

フランクな環境は、お互いが責められることを回避した、ある種の慣れ合いの環境であったりもします。また厳しさのない環境では人間は自己研鑽に励むきっかけを逸してしまい、成果を手に入れることから遠のき、結果的に苦しい環境にしてしまうこともあります。

つくづく思うのですが、本当の楽しさというのは、一人ひとりが精一杯の努力をし、皆で多くの成果を手にした時ではないかと思います。

大変厳しい上司がいるがきっちりと成果を出している部署のほうが、何も言われなくて成果の出ない部署よりも、そこで働く人々はきっと楽しさを味わっているはずです。

楽しさとは、厳しさの中で何かを手にした時にしか体感できないものではないかと思います。

2007年04月11日

ヘルプとサポートの違い

ヘルプとサポートの違い。

人が出来ないことを代わりにしてあげるのがヘルプ。出来ないことを出来るように指導したり教えたりすることをサポートと言います。

出来ないことに対してサッと代わりにしてあげるとかっこいいし、ヘルプした人は自己満足が高いものです。しかし人の成長は、ヘルプでは絶対に起こりえません。ヘルプを受けた人はいつまでたってもそのことが出来るようにはなりません。逆に依存し、次から同じようなことが起こればすぐに助けを求めてきます。それが何度も続くと人はヘルプそのものに感謝さえもしなくなります。これでは成長どころか後退をしていると言えます。

出来ないことを出来るようにするために指導したり補助したりするのは、自分が代わってやる以上の何倍も労力と知力が必要になります。しかしあなたが本当に大切な人を応援したいなら、可能な限りヘルプではなく、サポートをしてあげてください。

大変なことですが、必ずや相手は成長するはずです。それ以上にあなたが大きく成長できるはずです。

2007年04月08日

父親の仕事

人は自分の両親の働いている姿を見て、自分の将来を描いていくものです。実際に働く姿を見せることがなくても、自宅に帰ってきた両親の口から、仕事に対する考え方や日々の出来事を聞きながら子供は成長をしていきます。

もしあなたが自分の子供に一生懸命働いていく勇気と元気を与えたいなら、自らが日々の暮らしの中で、とても大きな影響を与えていることをしっかり自覚し、ひとつひとつの会話を行うようにしてください。

毎日会社の愚痴とつらい思いのみを話し続ければ、当然子供は働くことに対して嫌悪感を持つでしょう。逆に常に元気で、働くことの素晴らしさを語っていれば必ず子供は、働くことに真摯になるでしょう。

仮に嫌なことがあっても話さないようにするというのではありません。逆に辛いことは話した方が良いのです。しかしその話し方が大切です。大変なこともあるが、これからどのように対処していこうと思っていると、必ず改善策をつけて話すことが重要なのです。

あなたの子供はあなたの仕事への価値観をそのまま継承するということを絶対に忘れないでいてください。

2007年04月05日

まだ青いうちは成長する。成熟すると、あとは腐るだけだ

マクドナルド創始者レイ・クロックが言った言葉です。

最近出版されたレイ・クロック氏の自伝「成功はゴミ箱の中に」を読むとその波乱に富んだ人生に驚愕されます。その中で最も驚かされたのは、彼が52歳でマクドナルドの多店舗展開を始めたということです。

通常の人は50歳を超えると守りに入り、少なからず過去の栄光に浸りながら60歳のゴールを待っているケースが多いのではないでしょうか。

50歳を超えたレイ・クロックは20代の若者と何ら遜色ない情熱を持っていたのでしょう。そして情熱を持ち続けることを彼は「青い」と表現し、情熱を失うとあたかも成熟したように誤解をし、その瞬間から身体も知識も腐り始めるのだと感じたのでしょう。

成長とは自分の中の情熱という火をいかに消さないで生き続けるかという宿題に日々立ち向かうことなのでしょう。

2007年04月02日

どちらかに決める

人生の岐路に差し掛かった時、その歩みを止めることがあります。無駄に走るより時には足を止めて考える時間が必要な場合もあります。しかし、考え過ぎるあまり、ただそこに立ち止まってしまえば、人の成長はありません。

間違っても良いから、選び、歩き始める。

その先が行き止まりであっても、その事実を知ることさえ出来れば、もとへ戻れば、後は正しい道しかないのですから、不安視することなく突き進むことができます。当然引き返せないほど泥濘に足を踏み入れてしまうこともあります。また行き止まりがかなり先であるために、引き返してもすでに日が暮れてしまっている場合も出てくるでしょう。

しかし、だからと言って立ち止まっていれば、何か生まれるものは全くありません。仮に行き止まりに突き当たったとしても、その経験は必ずあなたの人生の思い出となり心を豊かにしてくれるはずです。

ここで大切なのは、選んだ後に出来るだけ慎重かつ迅速に歩を進め、もし行き止まりであれば急いで引き返すことです。そしてまた新しい道を歩き始めればいいのです。

最初からそう考えてチャレンジすれば、きっと引き返す勇気をあなたは持つことができるのです。