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2007年02月28日

人生の苦痛

人生において最も苦痛なことは何か、その答えはその人の価値観によって異なってくるものと思いますが、私は何より目的が無い人生を送ることが最も苦痛を伴うと感じます。

そんなに目的が明確な人は少ないと異論を唱える方もおられるかもしれません。しかし、目の前に発生する事象に対して真摯に取り組み続けている人は必然的にその目的をもって生きているものです。子供が生まれ、その子の成長こそ人生の目的だと認識しなくても子育てに全力を注げば、それはとても充実した日々が送れるはずです。

しかし、ふと目の前に発生する事象が無くなった瞬間にもろくも生きがいを無くし、何事も悲観的になり、周りの人に不満ばかりを言い続けていくようになります。中年以降相手の話を聞かない、不満ばかりが口に出る人をちょくちょく目の当たりにしますが、その方々に共通することが人生の目的を持たず時間を過ごしていることに気づかされます。

では人生に目的がなければなぜ苦痛を伴うのかと言う事ですが、それは目的が無ければ選択基準が無くなる、選択基準がなければ何をやっても同じということになる。極論的な考えと思われるかもしれませんが、答えがどれでも一緒になってしまうことは何をやっても同じことと言うことですから、これ以上の苦痛はないはずです。

もし今人生の目的が明確でない場合は、今日からその目的を考える時間を少しばかり見出していってください。

2007年02月25日

論理力とは情報を見極める目を持つこと

人の素養を表す基礎能力をコンピテンシーと言う言葉で言い表しますが、その中には「対人感受性能力」と「論理的思考能力」があると我々は言い続けてきました。

中でもこの論理力については、昨今書店で並ぶ同タイトルは、数えられないほど急増しています。論理力とは、一口に言えば物事を体系的に分かり易く可視化し、周りへ伝える能力です。この見える状態に分かり易くしていくという行為は、裏付ける情報がそこに存在しているか否かが大変重要となります。以前であれば何かを論理を解説する際に、その裏づけとなる情報を入手するのは大変時間も費用もかかっていました。しかしながらインターネットが普及した現代社会では、この情報を集めるのは至極簡単になってきています。

ビジネスの世界はインターネットにより劇的に理論武装が可能になってきたと言えます。だからこそ論理性とは、一昔とは異なり、いかに適正な情報を発見し、入手、加工するかということになります。溢れ変える情報の中から見極める力を身に着けることが大切なのです。

そのためには、日頃からどのような研鑽が必要なのかということですが、その答えは「常にテーマをもっておく」ことだと言えます。何の目的もなく情報を探していては絶対に目的を達する情報入手は不可能です。常にテーマを持ち、情報を見る癖をつけることが今後大きな差を生じさせていくはずです。

2007年02月22日

職業人の品格

「ハケンの品格」というテレビ番組がオンエアされています。

先ほどベストセラーになった藤原正彦氏の「国家の品格」からの流れを受けてのことだと思いますが、そもそもハケンという職業に品格という言葉をつけることがナンセンスではないかと思います。

テレビドラマではここ数年急増した派遣社員の生き方について、とにかくスキルが重要であること、スキルだけでは幸せになれないことをテーマに番組が構成され、視聴率の獲得に動いていると想定できます。

しかし、そもそも仕事に品格があるのではなく、その仕事をしている人に品格があるかということが大切なのは言うまでもありません。国家の品格という言葉も国家の文化レベル、思想ということにあって国の水準による格はないものと思います。

さて、この品格と言う言葉ですが、その意味は「その人やその物に感じられる気高さや上品さ。品位。品性。」また品性とは「道徳的基準から見た、その人の性質。人格。」となっています。

道徳的基準という視点から職業人すべての品格を考えた場合、常に目標を持ち真摯に仕事に取り組む、愛嬌があり常に明るくあろうとする姿勢を持つ、人を妬まず弛まぬ努力を繰り返す、つまり周りの人へのプラスの影響を与えられる人であるかという尺度が品格となっていくのでしょうか。

仕事に品格はない、仕事に取り組む姿勢と考え方が品格をうむのだと再認識すべきですね。

2007年02月19日

二宮金次郎像が学校から無くなる現実

皆さんの通っていた小学校に「二宮金次郎」の像はありましたか。またそもそも二宮金次郎という人はどのような偉業を成し遂げた人物かご存知ですか。

きっとすぐに答えられる人はごくわずかだと思います。簡単に紹介すると二宮金次郎は、幕末の貧しい農民で、苦学を重ね、農村の生産力に応じた分度を定め勤倹を説き、その結果としての富を推譲(譲り合う)という社会的行為に導く報徳思想を広め農村の振興に貢献した人です。

しかしながら彼よりも偉業を成し遂げた人物を押しのけて金次郎像が建築された理由は、大日本帝国主義をとった日本政府が、金次郎の姿勢を戦争に利用するために、銅像にして全国に建てたと言われますが、それ以外にも勤勉さが何より人として大切な生き方であると戦前の賢人は後世に伝えようとしたのだと思います。

しかしその金次郎像がどんどん撤去されているようです。その背景は戦時教育の色が残るのは現代教育にそぐわないという考えもあるようですが、それ以上に勤勉さというものが大切とされない風潮になってきたのではないでしょうか。

確かに勤勉であることが美徳と評価される時代ではなくなってきているのも事実だと思います。しかしながら、勤勉と言う言葉をストイックという言葉に変えた場合、多くの偉業を成し遂げた人に共通する生き方だと皆さんも賛同されると思います。

単なる真面目に取り組むということではなく、勤勉とは自己管理をすることだと後世に伝えていければと切に願う次第です。

2007年02月16日

ゾーンに入るー集中力を鍛える方法

スポーツ選手が試合中に周りの音が全く聞こえなくなり集中している状態をゾーン(Zone)に入ると言います。

マイケルジョーダンやプロゴルファーの丸山茂樹などは良くこのゾーンに入るということをコメントで使っていました。

他の言い方では、「フロー状態」とも言いますが、これは「実力がフルに発揮できる理想的な心の状態」のことを言います。自分がやっている作業に強く没頭して、時間の経過や周りの様子がまったく入ってこない状態のことです。

スポーツに限らずビジネスの世界でもこの集中力は大変必要とされる素養ではないかと思います。しかしこの集中力というものはなかなか身につかないものらしいです。それは集中力というスキルは小学校低学年までに大方が身につき、それ以上の年齢になるとなかなか身に着けるのが難しいと言われているためです。

書店に行けば「集中力」と題した本は、数十冊にも及び、それぞれの方法論を唱えています。しかし本に書いてあることを全うして集中力を鍛えた人を私は知りません。

それよりも良い方法は幾らでもあります。例えばそろばんはかなりの集中力が身につくこと間違いありません。また実益を兼ねるならタイピング検定にチャレンジするのもいいかもしれません。もし集中力不足にお悩みの方がおられれば是非トライしてみてください。

2007年02月13日

すぐやることができない人への忠告

仕事の出来ない人に共通する点として、先延ばしをする習慣が身についていることがまずは挙げられます。

すぐにできないことで、納期ギリギリとなり仕事にミスを発生させることになる。最悪なのは単純に忘れてしまう。または、重要性と緊急性を判断できず、多くの無駄を引き起こしてしまう。そうすることで、最終的には仕事が出来ないというレッテルを貼られることになります。

冷静に業務の個人格差を測定してみると、仕事ができないと言われる人は、往々にしてすぐにやっていない事実があることが判明します。

ではなぜすぐにできないのでしょうか。これは殆どがその人の性格が起因していると思いますが、性格は習慣によって変革することが出来るものです。

まず先送りにする人はとにかく目の前の仕事に「優先順位」をつけずひたすら発生した順にこなしていく習慣を身につけることから始めるべきです。また一度に多くの業務が目の前に現れた時は、難しい、嫌だという仕事から取り組む習慣を身につけることが大切です。

すぐできない人は本能的に、仕事を回避しようとする癖が身についていますので、この2点をとにかく心がけて仕事に取り組むことから始めれば必ずや自己改革ができるものと思います。

2007年02月10日

本を読むということの本当の意味

本を読むことは本当に必要なことなのでしょうか。

中には本を読まないと決め付けている経営者もいます。その人の情報源は、インターネットと直接人と会って会話をすることだと言われています。

確かに会って聞くことはとても重要な行為であり、ビジネスに不可欠なことに異論はありません。しかし、本を読まないその経営者からは、とても偏った価値観を持ち、とても偏ったものの見方をしていると感じます。

これまで何人か本をあまり読まないという経営者に遭遇しましたが、誰にも同じ偏りを感じました。本を読むことがすべての人格形成とは絶対に言えませんが、本を読まないことを基本にしている人はやはり自分の思想だけを基準に物事を判断しているようです。

では本当に本を読むとはどんな価値があるのでしょうか。

「本を読む人は、それだけで、選ばれた人たちなのです。」とは中谷彰宏氏の言葉です。

また斎藤孝氏は本を読む価値を次の3つにまとめています。(1) 自分をつくる――自己形成としての読書(2) 自分を鍛える――読書はスポーツだ(3) 自分を広げる――読書はコミュニケーション力の基礎だ。 

中谷氏の言う選ばれた人とは、幾らベストセラーでも100万部程度の販売であるために100人に一人しか最大でも知識を得ることができないということです。また斎藤氏の言う、読書はスポーツだと言うのは、能のフットワークを軽くすることであり、コミュニケーションとは相手の考え方を認める行為だと思います。

本を読む価値は、結局対人スキルを鍛えることになり、最終的に多くの自分の味方を増やしていくことになるのだと思います。

2007年02月07日

真摯という武器を持つ

人の素養の中で、最も大切で成長すればするほど無くしていくものが「素直さ」ではないでしょうか。

ある一定の職位に就いたり、少しばかりの資産が出来ると、何か自分が偉くなったような誤解を生じさせ、極端に素直さを欠いてしまう人がいます。その真摯な態度が無くなった瞬間に、急に誰もが支援をしなくなります。また助言もしなくなります。その結果著しく成長が鈍化していきます。そこまでは先を走っていても、いつまでも真摯な態度を持った人に必ず抜いていかれるものです。

真摯の「真」は、「誠」とか「偽りがない」という意味であり、また真摯の「摯」と言う字は、「十分に気持ちが届く」ということを言います。

つまり、単に「真面目」とか「誠実」ということ以上に、この真摯という言葉には、そんな自分のまごころが相手に伝わることを言うのであって、自分の誠実な気持ちが相手に伝わってはじめて「真摯」である、と言えるのです。要は常に相手の気持ちになって物事を考える、話すことだと言うことです。それができれば必ずやあなたは最大の武器を身につけることができるのです。

2007年02月04日

継続は力と実感できるまで継続した時に何かが見える

「1日練習を休むと自分が分かる」 「2日練習を休むとメンバーが分かる」 「3日練習を休むとお客が分かる」と音楽の世界ではよく言われます。

そこには、ひたすら来る日も来る日も練習を積み重ねてきたものだけが感じる極限の世界があるだと思います。

しかしこの感覚は芸術の世界だけの特有のものではなく、ビジネスの世界でも同じようなケースがあるのです。

例えば工場の現場でコンマ何ミリの研磨をする職人さんなどは、芸術家同様1日で感覚が鈍ると言います。職人的な仕事ではなくても休みの後はどうも作業が鈍る、ペースが取り戻せないという感覚に襲われます。そのような体感はまさしくこの積み重ねからの違和感だと言えるのではないでしょうか。

この積み重ね=継続は自分が気づいていないうちに多くのスキルを身に着けさせ、大きな成長を促しているのです。だから逆に少しでも継続を怠ると、少しの違和感が大きなミスやロスをうんでいくようになるのだと思います。

継続こそ力と言いますが、その力が自分で実感できるのは、このような違和感を感じることで図ることができます。そして人は、その感じた違和感の気持ち悪さから今後は絶対に発生させないように努力を日々継続します。その繰り返しを行った結果本当のプロの領域が見えてくるのではないでしょうか。

2007年02月01日

ワーキングプアという現実

定職に就いて、ちゃんと働いているのだが所得が低いために平均的な生活ができない人のことを「ワーキングプア」と言うそうです。

テレビ番組では、両親が病気であるために学校に進学できず、高齢者施設の給食をつくる仕事に就いているが、給与が低く生活に苦しむ郡部に住む20代前半の若者を取り上げていました。がんばって町へ引越しして転職をしたいのだが引越し資金が貯められないから引越しできないということでした。またふたつの仕事を掛け持ちで行い、二人の子供を育てるシングルマザーも取り上げられていました。

このようなケースは、決して現在社会で発生した問題ではなく、昔から、いや昔の方が遥かに多かったケースなのではないでしょうか。昭和30年40年代では至極当たり前のように友人の中にはこのような環境の人が一人はいたように思います。

ではなぜ現代社会では、テレビ番組が特集を組んでまで報道をするのかと言うことですが、それは周りが相対的に豊かになった、それなのにこのような現状があることを表面化し、社会基盤への提言をしたいのだと思います。

誤解を恐れず申し上げると、私はこの働いても貧しいということに関しては、単に職業選択能力=エンプロイアビリティが身についていないことが原因だと思います。技術を身につけながら給与支給をする会社はどんどん増えてきています。シングルマザーになる前に技術を身につけておくことも出来る時代です。

厳しいことを申し上げますが、誰もが同じ環境の中で生活をしています。人はその中でどれだけチャンスを掴み多くのものを得ることが出来るかは、その人の学ぶ姿勢と努力によるものだと思います。もしあなたが働いても貧しいと嘆き続けているなら、もう一度周りをしっかり見つめて、自分にとっての最適を見つけていく努力から始めてください。