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差を受け入れることから始める

格差社会という言葉が一人歩きしています。格差の無い社会に、と政治は唱えます。公立小中学校では、格差が教育の弊害のごとく扱われ、一律的な格差を埋める教育がなされています。

本当に差は人を不幸せにするのでしょうか。差があることが人を卑屈にするのでしょうか。私は決してそうではないと思います。

ソフトブレーンという会社を東証一部企業へ成長させた元代表の宋文洲氏の書籍にも「差はエネルギーをうむ」と記載されていますが、私もその考えには大変共感をします。

人は差を理解することで始めて何かを始める動機が生まれます。大変歌のうまい人を見て、今の自分に無い差を発見し、あこがれることで人は歌手を目指します。テストの結果が隣に席の友人と比べ、半分にも満たない現実を知り、人はがんばろうとモチベーションが沸いてきます。当然逆に落胆し、やる気をなくす場合もあります。それも然り、現実の差を知ることで自分の新たな道を発見するきっかけになるものです。

しかし、この「差」という表現は、誤解をうみやすい言葉でもあります。差が生じているのに個性であると一口に言って出来ないことを放置する姿勢は決して新たな何かを生み出したりしません。人との差は何が原因で生じているのか、どうやれば差がうまるのか、その点をとにかく腑に落ちるまで考え、一度は努力をすることを怠らないでください。その努力が真の差を実感し、その背景を理解することでよりあなたらしさを見つけるきかっけとなるはずです。

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