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2006年10月31日

死ぬことと生きること

戦争という常軌を逸する生活を繰り返していた昭和20年、その時代の若者は常に自分の死を見つめ、どのような死に方をすべきかを考え続けていました。
国のためという偽りの洗脳に誰もが異論を唱えることなく、ひたすら戦い続けた若者達はいつの日か死に対する恐怖心も無くなっていきました。

60年以上の年月が経過し、現代社会では生きるということを全く考えない若者が街に溢れています。決してすべての人を否定しているわけではありませんし、戦時中の若者の考え方を肯定しているわけでもありません。

ただ社会全体の気運が生を感じさせない方向へと進んでいるような気がしてならないのです。
生きることを考えないとは、目的や目標を持たない生活。何かに挑戦することを忘れた生活だと思います。

もしあなたが生きることに希薄になっていると感じたなら、そう、今すぐ誰かのために何かを始めてみてください。そしてその人のこれからのことを一緒に考え話してみてください。必ず昨日とは違う「生き方」が見つかるはずです。

2006年10月28日

安定した暮らしを望んでいる人の安定の誤解

転職を考えている人の多くが、その転職に対して安定を望んでいると言われます。安定した生活とはどのような状態のことなのでしょうか。給与が定期的に支払われる状態。会社が成長している状態。あなたはどんな状態をイメージされますか。

大きければ安定して成長し、定期的な給与が支払われる時代ではなくなりました。確かに中小企業の方が大企業に比べれば体力はないのは事実です。しかし、絶対の安定ではないはずです。

困ったことにこの安定を望む人の傾向として、自分があまり成長しなくても、努力しなくても安定した会社であり続けて欲しいと望んでいる他力本願な人が多いのではないでしょうか。それでは絶対に真の安定は手に入りません。

答えとしてもっとも安定した状態とは、自分が日々成長し、どのような社会変化にも耐えられるスキルやノウハウを身につけていくことではないでしょうか。会社に依存することなく、自分の成長を勝ち取ることが本当の安定となるはずです。

安定した会社を望む人ばかりになった会社を想像してみてください。絶対に成長はないとわかっていただけると思います。

2006年10月25日

成長できる環境は50対50

人がもっとも成長できる環境は、自分を褒めてくれる人が50%、厳しく叱ってくれる人が50%いることだそうです。これは人数の問題ではなく、褒める人が5人いても通常の5倍も厳しく接してくれる人がいれば良いということです。

人は叱られなくなったら終わりと良く言われますが、ぬるま湯の環境では、絶対に気づきはなく成長がないものです。それかと言って厳しく毎日かなりのストレスがたまり続ける環境であれば、萎縮して成長が止まるものです。

キャリア開発もこの50対50の環境をいかに手に入れるかがポイントになります。

ここで大切なのが得てして、人はうるさく言われることが褒められることよりも過大に感じるものです。そのために出来るだけ自分にとって住みやすい環境を選びがちであるために、褒められる環境に比重がよりすぎるものです。

環境の選択は少し厳しすぎると思える場所を選ぶのが成長の大切な要因のようです。

2006年10月22日

引き伸ばすな、今すぐにやる!!

しなければいけないと思いつつもなかなか手がつけられないことがある。締め切りが近づいているのにぎりぎりになるまでできない人がいる。多くの成果を手にする秘訣のひとつが、とにかく先延ばしをしないことであると誰もが理解しているはずなのに出来ない人がいます。

自分のすべきことに必ず納期を決め、優先順位を決め取り掛かることをすれば、常に最善の方法が選択できます。明日できることを今日しないという感覚の人は、どこかで他人にスケジュールを管理されることに慣れてしまいます。そしてそのことによって最終的に自立性を欠き、いつの間にか目の前のチャンスさえも見えなくなっていきます。

かの有名なデールカーネギー氏は、ホワイトカラーの人は幾ら働いても疲れることはない、やり残した仕事があり、そのストレスで疲れるのだと言いました。実にその通りだと感じます。

先延ばしが習慣になっている人に言います。

やらなければと考えていることを、今すぐ始めてください。今すぐ取り組んでください。
とても気持ちがいいものですよ。

2006年10月19日

飲み会をNGとは言っていない若者達

コミュニケーションのスタイルがどんどん変わってきている。最近の若い者は飲み会にも参加しない。と口々に言う先輩がそこにいます。

昔は部下の指導は、居酒屋でやったなどという人達もいます。確かに生活スタイルの変化や交通事情などで会社帰りに一杯というのは、どんどん減ってきているのも現状だと思います。

しかし、若者たちは本当に飲み会を嫌っているのでしょうか。いえいえ、決してそんなことはありません。却って以前よりも色んな人とのコミュニケーションを望んでいるように感じます。ただし、急に今日の夜という誘い方は、望んではいません。更には飲み会に行って説教をされることも望んではいません。

以前のように会社がどんどん伸びている時代であれば、これらの行為もひとつの儀式として理解をしたかもしれませんが、デフレ社会となり会社の成長が保証されていない時代となった今では、個人を引き止める要因は何もありません。

だからこそ先輩の意識から変えていかなくてはいけないのです。

飲み会は、説教の場ではなく、部下の人格に触れる場所と考え、一個人としてしっかりと付き合うことが大切です。決して若者は飲み会を嫌っているのではありません。そこでの旧態依然とした会話を嫌っているだけなのです。

2006年10月16日

教育は一子相伝

本当に部下の教育を考えられるなら、絶対条件は「一子相伝」であると自覚してください。

宮大工や崇高な技術を伝承する職人は、大勢の弟子を絶対に抱えないものです。集合教育という言葉がありますが、言葉通り大勢の人を同時教育していくことは結果的に、成長した人が残っていけば良いという発想がそこにあります。

本当に自分の部下を育てたいと考えられるなら、一定期間、特定の人に集中して教育をしていく方法しかないものです。

部下の感情を常に推し量り、距離感も一定以上に詰め、一緒にいる時間をどんな人よりも多くとることが結果的に多くの教育を施していく結果となるものです。人は感情の生き物です。一律的な指導以上に、一緒にいる時間が多くのものを伝えていくのです。

ただしここで大切なのは、どの部下に何を伝承するか、しっかりと見極めをする必要があります。

そこを見誤ると教育は伝承されていきません。その見極めをするために、集合教育を取り入れるという発想は決して間違ってはいませんのでまずは全体教育を受けさせることも大切でしょう。更には業務を通してその見極める作業に時間を費やすことを怠らないでください。

2006年10月13日

教える人が偉い・教える人が上という考えを是正する

私達はこれまでの長い歴史の中で、教える人が偉い、教える人が上であるという考えが根付いています。戦時中などは、特にこの発想を基に、統制をとっていきました。

しかしながら現代社会を生きていくものとして、また真の成長を願う人は、まずこの考えから排除する必要があります。これだけ情報が溢れる時代の中で、教える人が常に偉く、上に存在することはもうありえないのです。インターネットの普及はまさしくその教えるという概念を根底から覆してしまいました。

部下の方がはるかに情報を持ち、知識を得ている現実があります。上司は教えてもらうことを恥とする考えを捨て、また部下にはあくまで情報のナレッジ化という業務だと認識させ、教えるという行為についての新たな考え方を理解させていくことがとても重要なことです。

では教えることが偉いということでなくなった瞬間に、上司と部下の関係が崩れると感じられる方がおられるかもしれません。

答えから申し上げますと、決してそんなことはありません。上司は部下の成長を心から願い、個人を尊重していく姿勢を持ち、部下が最も力を発揮できるフィールドを与えることに専念すれば、これまで同様の関係は維持できるものです。決して部下を誘導しようとか、思い通りに使うという発想がそこにあっては、いつの日か部下から蔑まされる時が来るかもしれません。

2006年10月10日

ビジョンなき指示は罪悪である

目の前の売上だけを追いかける、また部下に追いかけさせることは決して継続し続けることはできないものです。

根拠なき売り上げ目標、例えば「昨年対比」という考え方が企業経営においてなんら成果をもたらせない目標であると認識しなくてはいけません。

何の戦略も根拠も無いのに、昨年これだけ出来たのだから今年は110%アップを狙うという経営者が未だに多く見受けられます。それでは社員はたまったものではありあません。

売上を目指す背景に必ず「ビジョン」が必要であり、具体的な方向性の示唆が不可欠なのです。なぜこの売上を達成しようと会社はしているのか、また達成した暁には何が得られ、どんなステージが待っているのか、そのビジョンをより具体的に明確に指し示すことが経営者や上司の行うべき最大の仕事です。

ビジョンなき指示は罪悪であると認識し、闇雲に売上を追いかけさせ、数字で締め付ける無意味なマネージメントをまずは排除していきましょう。売上が上がらないのは、経営者や上司のビジョンが欠落していることと自覚してください。新たな功名が必ず見えてくるはずです。

2006年10月07日

躾と型

「最近の若い者は」といつの時代も言われている先輩からの苦言ですが、確かに平成の世になってから躾と言う面に関しては著しく悪化の傾向を示しているように感じます。

高度成長期を体験し「豊かさの誤解」をした大人がその子供に対して自由というものを根底から履き違えた教育をした結果がこの有り様ではないでしょうか。躾とは、人が豊かに暮らしていく最低限の技術であり、考え方であることは誰もが認めることなのに、なかなか教育ができないものなのでしょう。それは教育をする大人が、躾を口にした瞬間に自分の行動が問われるからかもしれません。

昨今は、「ナンバーワンにならなくて良い、オンリーワンになればいい」と流行歌でも歌われている時代です。

本当にそうなのでしょうか。

それは絶対に間違った考え方だと気づかなくてはいけません。オンリーワンになるためには必ず特定分野でナンバーワンになるしかありません。真の競争から逸脱し個性を強調するなどありえないのです。

そのためにはまずは徹底した「型」を教え込む、身につける必要があります。躾とはある種の型とも言えます。部下の教育に困惑している人は、まずは部下に、型をマスターして始めて独自性がでることをしっかり理解してもらい、型という人としての最低限のモラル教育に専念してください。必ず大きな成果が手に出来るはずです。

2006年10月04日

問題意識を持って直感する

単なる思い付きと直感というものとの違いは、常に問題意識を持っているか否かにあります。

うちの上司は、常に思い付きで指示を出すと愚痴をこぼす部下が大勢います。思い付きは、思い付いた時がスタートであるために、そこから行動を始めると当然ながら、方向の誤りに気づくことが多々あります。また思い付きには、継続性がないために言葉に発した後に、発した本人が忘れてしまうことが往々にしてあるようです。これでは、指示を与えられた部下は、常に翻弄され、最終的に優柔不断な上司とレッテルを貼ってしまいます。そのために混同されがちなのが「直感」というものです。

成功者にその成功要因を聞くと、大半の方が直感というある種思い込みに近い感覚で行動をした結果、多くの成功を手にしたと言われます。緻密なマーケティングや経営手法を高じてプランを練る部下からすれば直感という不確かなものとある種軽蔑的な思いを持つかもしれませんが、この直感というもが物事の成功にかなりの影響をもたらせてことは間違いない事実です。

ただし、何度も申し上げますが、思い付きとの大きな違いは、そこに常日頃から問題意識を持ち続けているか否かということです。毎日毎日、飽くなき課題解決の方法を考え続ける、その上で始めて直感という第6感が備わってくるのです。

2006年10月01日

2人称コミュニケーションによる対人力の欠落

現代社会がもたらした新たなコミュニケーション手法に「Eメール」と「携帯電話」があります。この二つの新たな手段は、これまでの人の対人力を著しく低下させているという意見があります。

例えば携帯電話は、必ずその持ち主が直接電話にでます。そのために誰かを介在せずにコミュニケーションできます。昔であれば彼女の家に電話をすれば突然両親が出て、どぎまぎし何とかその場を繕うようなコミュニケーションを取っていました。

しかし、今はそんな煩わしさはありません。だから当然ながら短絡的な、簡単なコミュニケーションしか発生をしません。その結果対人力がどんどん低下していくのです。メールにおいても複数先へ送信したとしても意外な人が当然そのコミュニケーションへ入ってくることは決してありません。特定な人とだけのコミュニケーションには変わりはありません。

このようにどんどん便利になってくることが、人の基本能力を低下させることは未来社会では限りなく発生してくるのだと思います。だからこそ便利さに対してより慎重に人間力をどこかで鍛えることを怠ってはいけないのだと感じます。