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2006年05月31日

掃除をするということ

上司の方々に一言!

あなたは自分の職場の掃除をこの1ヶ月に1度でもされましたでしょうか。あなたの机の上を自ら雑巾がけをされましたでしょうか。いつも部下や女性スタッフにお願いをし、それが当たり前になってはいませんでしょうか。

私はよくある自己啓発セミナーのように社長自らがトイレ掃除をすべきとは決して思っている派ではありません。しかしながら掃除をするということがいかなることかを知っているか否かの違いはマネジメントを行う人としてはとても重要な要素であると思います。

掃除をするということは一体どういうことか、それは「感謝」の意を現すことだと思います。店舗であればお客様に対していつも来て頂くことへの感謝、オフィスでは、いつもがんばってくれる部下への感謝、自分の机であれば今日も元気でいることへの感謝、そういった感謝の意を改めて自覚する行動ではないでしょうか。

掃除をする姿を見せることでマネジメントの何かが変わると決して期待をしてはいけません。そう考えることそのものがマネジメント方法の誤りなのです。

精神論を言っているのではなくあくまで単純に人として感謝をする習慣が掃除をすることで身につく、その結果が豊かな毎日を送れる、その秘訣であると認識して頂きたいのです。

上司の皆さんは、明日の朝、誰にも気づかれず、雑巾がけをしてみてはいかがでしょうか。

2006年05月28日

机の上が片付かないあなたへ

以前にこのようなタイトルの本がビジネスマンの間で話題を呼んだことがありました。

その本では基本的な行動心理やビジネスの設計力などについて触れていましたが、それはそれで大変参考になるものであったかと思います。

しかしながら、机の上が片付かない人と綺麗な状態を常に保てている人の根本的な違いは、綺麗好きという性格的な問題や、ビジネススキルの有無というレベル格差では決してないと私は思います。根本的には、人のことを大切に思いやるという、人としての一番根底にある「思いやり」「配慮」というものの欠落ではないでしょうか。

思いやりの欠落、配慮不足がどうして机の上の整理と関係しているのか、こじつけではないかと思われるかもしれませんが、これはかなりの確率で言い当てているという自信があります。

その理由は、机の上を誰がいつも掃除しているかに答えがあります。当番制で行っている会社、女性スタッフが率先して行っている会社、自分でやる会社と分かれると思いますが、自分以外の人が掃除をする可能性が少しでもあるなら、その人がいかに掃除し易く片付けているか、そこに思考がいっているか否かによって行動が決まってきます。

他の人が机を拭く時に掃除してもらい易くしておく、そういった配慮が出来ていれば必ず整理して綺麗にしなくてはいけないと思うはずです。整理整頓は自分のためだけにあるのではないのです。周りの人への配慮がそこには不可欠なのです。

2006年05月25日

カウントダウンをしてみよう

ライフプランを明確にすることが、キャリア開発の第一歩であることは間違いありません。しかし、なかなか自分の望む人生が「これだ」って言える人が少ないのも事実です。

20代の頃は経験も少なく、自分に何が適しているか、どのような人生設計が自分にとって幸せな生き方なのか、その具体的な計画を明確に持つことはなかなか容易なことではありません。まだまだ人生の先は長い、だから今何かを決めることはできないと兎角考えがちですね。

何の変化は無くても、何を決めなくても季節はめぐり、毎年春には桜が咲きます。しかし、あなたはこの桜の満開を後何回見ることができるでしょうか。1日を考えると人生は長い旅だとも言えますが、季節を基準に考えれば、40代の人であれば桜は後30数回程度しか見ることはできないのです。

もしあなたが何かを決められないでいるとすれば、桜を見た時に必ず「カウントダウン」をしてみてください。後何回見ることができるか考えれば、今年は何をしなければいけないか少しでも見えてくるものなのです。有り余る時間があるという誤解は解け、今日始めなくては間に合わない何かが見えてくるはずです。

決して終焉を描き、焦燥感に苛まれる必要はありません。人生に遅いと誰もが言えないからです。ただ歩き始めなければ決してゴールはきません。歩き出す勇気を持つためには、カウントダウンという方法は必ず効果的に作用すると思います。

2006年05月22日

棘の道こそ成長の道である

以前にも書きましたが、人生に楽な道と大変そうな道があればどちらを選択するべきか。この設問に対しては、必ず大変そうな道を選ぶことをお勧めします。

あえてしんどい道を選ぶ必要はないという先人もいますが、それは自分が苦労したから子供に苦労させたくないという親心と同じで、何の足しにもならない助言だと思います。

親は自分がした苦労をさせたくないというのは、あくまで親のエゴであり、今の自分があるのはその苦労を乗り越えてのことだと認識はすれど、子供の苦労している姿を更に見てはいたくないという勝手な欲求からそう選択するようです。
本当に子供のことを思うなら自分以上の人間に成長してもらいたいと願うなら間違いなく自分以上の苦労と経験をさせない限り、親を抜くことはできませんよね。

棘の道を選択してこそそこで多くの経験ができ、人として成長していくわけです。その結果が必ず楽な道に比べ成功を収める方法を身につけさせてくれるようになるのではないでしょうか。

楽な道を選び簡単に成功した人は次に来るハードルは超えられないのも事実です。もしあなた大切な人が二つの道の選択で迷っていたなら、迷わず棘の道を勧めてあげましょう。

2006年05月19日

勝ち馬に乗りたい、でも決して馬は育てたくない

将来海外で仕事がしたい、将来小さなお店を持ちたい、将来起業したい、それぞれ皆さんには夢があると思います。言うまでもなく、人は夢がなければ心豊かに生きてはいけない生き物だと思います。

しかし、この夢をしっかり自己認識できていない人が多いのも事実です。
夢とはあくまでその到達目標であり、そのプロセスはとてつもなく大きなハードルが幾つも現れ、常にそのハードルを乗り越えるための努力が付きまといます。夢を実現させる人の背後には、多くの人がその夢半ばで断念をしている現実があります。

では、その違いは何なのでしょうか。

それは夢を実現させたいのではなく、何となく幸せになりたいという甘い考えでその道を歩き始めるからではないでしょうか。

例えば起業したいという人がいます。それは何のための起業なのか、本当にその事業を成し遂げたいと思っているのか、そこをしっかり考えて自己認識する必要があります。
起業したいのではなく、大半の人は成功した状態になりたいのではないでしょうか。事業がしたいのではなく、成功した状態が欲しいのではないでしょうか。
だから少しばかりうまくいかなければ事業そのものを辞めてしまうのではないでしょうか。

勝ち馬に乗りたいと誰もが考えますが、でもその馬を育てないと乗れないとはなかなか考えないものです。夢とは実現させることに意味があるのであって、夢が実現した状態を手に入れるのでは決してないことを知る必要があるのです。

2006年05月16日

考えていない現実

「考えるという本当の労働を避けるために、人はどんな手段にでも訴えかける生き物である」と言われます。

例えば人間関係を円滑にするためにどうすれば良いか考えなくていいように出来るだけ接触をしない方法を選んだりする。また転職に関しても本当の自分の適職とは何かを考えなくて良いように、短絡的な条件だけで選択をしてしまう。その結果がどんなに悲惨であってもまた次にも考えない方向を選ぶ、そんな人も少なくないような気がします。

考えるって本当に重労働なのですよね。労働の中で最も辛く、重い労働であると私も日々痛感しています。

しかし、逆に「考えたものの勝ち」という言葉があります。考えることの大切さは、成功したときよりも失敗した時に多くの成果を発揮するものです。人は考えず行動をした時は、失敗の原因がいつまでも分かりません。そのために何度も同じ失敗を繰り返してしまうのです。そのためにいつまでも成長がなく、逆に後退をしてしまうのです。

何をやるにもまず「考える」という習慣を是非身につけてください。真のキャリアと素晴らしい人生はそこから始まると言えるのです。

2006年05月13日

4月病という末期症状

教える内容を戦後で最も減らした現行学習指導要領(高校で03年度導入)1期生がこの春、大学にやってくるということで大学は戦々恐々としているようです。学力不足は今に始まったことではありませんが、理工系学部でも、多くの学生が高校で物理を十分学んでいないために補習しないと、本来の授業に入れないという実態だそうです。

その背景の中、入学式当日から相談室に駆け込んでくる新入生がいるらしいのです。学科の説明を聞いているうちに「こんな大変なことができるのか」と不安になるというのです。講義が始まると「授業についていけない」「転部するか退学したい」という相談が増えているとのことです。昔は「5月病」といいましたが、今は「4月病」なのです。学力不足が心の体力まで奪っているのではないでしょうか。

しかしもっと深刻なのは、実社会は大学のような補修をしてくれないということです。各社教育はそれぞれ全力で行っていくでしょうが、4月病に付き合っている暇がないのが実態だと思います。

2007年問題を抱える日本ですが、これからの企業は4月病という末期症状とも戦っていかなくてはならないのかもしれません。この改善策は、学校教育と実社会とのシームレスな教育制度を創り上げていくしかないと感じます。

2006年05月10日

明日があるから生きていける

数年前の流行歌では高らかに「明日がある、明日があーるーさー」って歌っていましたが、勇気付けられた人もいたのではないかと思います。また逆に何年も前のドラマの中で、公務員役の若者が「自分の今日は昨日と同じで明後日も全く同じ、いつも同じ毎日ばかりだ」って嘆いているシーンがありました。

人は明日があるから生きていける生き物だと言われます。しかし、その毎日が何の変化も無く、成長も無いことが分かった段階で生きる意欲がなくなる生き物でもあります。つまり明日には期待と夢があるから素晴らしいのです。

では、期待と夢はどこから湧いてくるのでしょうか。決して他力によって湧いてくるものでもないですよね。また突然思いつくものでもないはずです。それはとにかく考え続けるしかないのです。毎日の仕事が例え単調であってもその中で必ず成長の糧は見つかるはずです。もし毎日が同じだと感じているならそれはあなたが何も考えていないからだと認識した方が懸命だと思います。

どんな仕事でもその仕事を通して役に立つことは絶対にあります。その役立つことをしっかり考え続ければ必ず明日への希望と夢が見つかってくるはずです。

人は希望に満ちた明日があるから生きていけるものですね。

2006年05月07日

拘っている人はかっこいい

重松清氏は、「拘る」という言葉は、拘束、拘留などある種恐ろしい言葉であり、縛り付けられて身動きとれない状態となる、そんなハンパな拘りなら最初から持たない方が良いと言っている。

拘るっていうのは本当に難しいことですよね。意固地になるのは拘っていることではありません。拘っているというのは、自分らしさをしっかり持ちながら相手を認めていくことだと思います。自分流は崩さないけど相手に強要はしないことが拘りの鉄則なのです。だから周りから見ている人は、拘っている人を毛嫌いしたりしないのです。意固地になっている人は相手を否定するから受け入れてもらえないのです。

私の知人に絶対にお客様とお酒を飲みに行かない、酒席でなくても必ずやコミュニケーションは取れるといい続け実際に20数年そのスタイルでその会社でTOPセールスマンとして名を轟かせています。しかし彼は同僚がお客様と酒席を設けても絶対に否定をしません。逆に同僚の運転手を快く引き受けています。

その彼は私と飲みに行くと必ず5合は日本酒を飲む酒豪なのですが。
彼はその点以外にも多くの拘りをもっていて、その拘りは40を超える年齢になってもずっと変わらず続いている達人です。

2006年05月04日

多作は駄作ではない、多策がキャリアを育てる

「ロビンソン・クルーソー」を書いたダニエル・デフォーは大衆に受けそうな作品をとにかく多く作ることで有名だったそうです。デフォーが死んだ時、「多作で知られた有名人」とだけ評されたそうですが、その多作の中のロビンソン・クルーソーは今でも読み継がれる名作として名を馳せています。

もしデフォーが自分の作品の中で、ロビンソン・クルーソーが素晴らしい作品であり、自分のレベルはこの作品のレベルだと誇示したいと考え、この1作品しか世に出さなかったとしたら、これほど有名な作品になったでしょうか。決してそうではないはずです。多作であったがゆえに有名になったのは間違いないと思います。仕事の質もこのように実は量に支えられていることが多いように思えます。

事業企画などのアイデアなどは、言うまでもありませんが、営業など日々の活動も一定の量が無い限りどんな素晴らしい施策もその効果を発揮しないはずです。単にこつこつ努力しなさいということでは決してありませんが、最初は営業成績でぱっとしない人が、他の人よりも件数を行くことでいつの間にかその成績を抜いていくことが多々ありますね。それは一定量からしか学べないテクニックや量によるコミュニケーションがいつの日か作り上げられているからではないでしょうか。

多策がキャリアを育てる。そう信じて下手な鉄砲も数を打ってみてください。

2006年05月01日

機転を利かす

高学歴ではない、特段のスキルを身につけているわけでもない、特定の資格を取得しているわけでもない、それなのになぜか重宝がられる人がいます。
営業成績が社員の中で最も優れているわけでもない、新たなノウハウや技術をうみだしているわけでもない、それなのに一目置かれる人がいます。そんな人に共通している点は何か。それは機転の利く人だと言えるのではないでしょうか。誤解されがちなのですが、要領の良い人とは全く異なるものです。
要領の良い人とは、単に自分に利益が高いと判断することしか行わない、損得で物事をすべて判断する。そんな人を総称して要領が良いと言います。機転が利くとは、その場の最善策を瞬時に思いつき行動やアドバイスが行える人のことを言います。
会社の中の会議でも、大きな問題点に対し上層部で喧々諤々物議を醸しているが決定的な解決策が見つからない、そんな時に物静かにずばり適正な解決策の糸口を提案できる。そんな人を機転が利くと言います。日頃は特段の成果を収めているわけではありませんが、ここぞという時に光る行動をする人は、ある種ずるいのかもしれませんが、それまで努力をしてきた人以上に評価されることがあります。しかしその評価ばかりを追いかければ当然要領の良い人とされ、回りから疎まれるものです。また表面上の評価ばかり考えれば機転は利かないのも事実なのです。
機転は思い付きでは決して湧いてくるものではないのです。日頃から人からの評価を超えた、真の解決策や正しいことを考えていなければ見えてこないものです。
機転が利く人になりたいものですね。