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2006年04月28日

平常心でいるということ、演じるということ

平常心でいることはとても難しいことです。我々凡人は何か事があるとどうしても感情に流されていきます。しかし何かを成し遂げた人の多くは常に平常心でいれる才能を持っているのですね。平常心とはいかなる一大事が発生しようが常に冷静でいる、それが究極の平常心と捉えがちですが、もっと身近なことを上げれば、常に笑顔でいられるか否かということなのかもしれません。

常に笑顔でいることは、これまたかなり難しいことだと思います。体調によっても昨日の出来事によっても人はどうしても顔色が変わってきます。しかし、努めて自己をコントロールすることに心がけることで笑顔はキープできるようになってくるものです。

俳優を見てください。ブラウン管の中の顔は、その役どころ、そのシチュエーションの顔になっています。どんな生活がそこにあっても、完全に演じきっていますよね。そう、演じることを学べば常に笑顔をキープすることは出来るようになるものです。そう、平常心とは演じることなのかもしれません。

どこか演じると言えば、自分を正直に表現していないという印象を与え、虚偽っていることは人間関係上よくないこととされがちです。いえいえ、それは絶対に嘘です。完璧に演じることができれば、絶対に人間関係はうまくいくものです。中途半端に場面、場面で演じたり演じなかったりするから裏表のある人間とレッテルを貼られるのです。徹底して演じればそれはその人の人格になります。

平常心とは、演じきること。私は最高のアクターになりたいと思って止みません。

2006年04月25日

気分屋を撲滅させよう

人間はその時の感情でその表情を変える生き物です。あなたの上司はどうですか。その時の気分で態度が豹変していませんか。そしてあなたは毎日その上司の顔色を伺って発言をしたり、行動をしたりしていませんか。また逆にあなたはどうでしょうか。部下に対して常に同じ態度で接していますでしょうか。

顔色を伺うことは決して悪いことではないと思います。それはある種の相手への思いやりでもあるからです。体調が優れそうになければ当然いたわりの言葉をかけることは人間関係を円滑にする上でとても大切なことです。しかし、俗に言う「気分屋」は困りものです。その時の気分によって態度を大きく変える人は、決して周りへプラスの影響を与えていません。それは正しい意見が交わされなかったり、ビジネスに大変重要なスピードを損なってしまう恐れがあるからです。

部下や同僚から正確な情報を得て、その上で始めて正確な判断ができるわけですが、気分屋の上司の下ではその適正な判断が大きく欠落する恐れがあるのです。

管理職の方々の中には、その気分屋を「威厳」として大きな誤解をしている人がいますが、それは大きな間違いであり、それは不快以外のなにものでもないことを自覚しなくてはいけません。

もしあなたがその気分屋であるなら、すぐにその性格と習慣を改めなくてはいけません。
そうしないと必ず成長は止まりますし、いつの日か大切な人を無くし、キャリアの崩壊にも繋がっていくと思います。

気分屋はいりません。常に同じトーンで同じ感情でいられる自分を確立することがキャリア開発の大原則であると自覚してください。

2006年04月22日

格差も分裂も人の心がつくる虚像

更なる格差社会が到来する、とさまざまな見地から有識者たちが口々に唱え始めています。都心部では就学援助を受ける生徒がクラスの3分の1もいるのが現実です。公立の学校はどんどん荒廃し、少しばかりお金がある家庭はどんどん進学塾へ子供を通わせ有名私立へ入学させる。今更言うことでもないですが、公立学校の学習内容では有名私立の受験はかなりハードルが高いものとなります。それは入試の内容について学校で全く教えていないからです。実におかしな話です。そこには、学歴は一定のお金がなければ得られない構造がまさに作り上げられているのではないかと思います。
学歴は完全にお金で買う時代になってきているのです。

現在の日本では、高度成長期とは大きく異なり、競争社会が激化しており、一部の優秀な人材に収入が集中し始めています。そうしないと対外諸国に勝てないのも事実ですので、更にこの格差は広がっていくことが必至だと思います。
これから日本は、更に更に格差が広がり、最後は「分裂」に向かって進むのだと思います。分裂とは全く異なった価値観と生き方をする種族に分かれていくということです。

上流にいる人が素晴らしいとか、下流に流れる人が哀れとかと言ったことではなく、下流にいった人は夢や希望も無くし、生きがいさえも見出せないような状況になるのではないかと不安を感じています。昔は貧しければいつかは見返してやるという「ハングリー精神」が目覚めたものですが、それは段階があって始めて起こるもので、全くの階層が2極化した段階では、そのハングリーささえも無くなってしまうのではないかと思えてくるのです。

しかし、その格差も分裂も実は人の考え方がつくりだしていることを知らなくてはいけません。
実際には階段は存在しますし、幾らでも自分を高めていくことはできます。

社会全体が諦めの境地に至ることが最も愚かで恐ろしいことだと知ってください。格差も分裂も人の心が作り出すものなのです。
もしあなたの周りで夢を語れない若者がいたなら、決して分裂社会にいるのではない、たまたま階段の下にいるだけだと教えてあげてください。必ずその階段の上には多くの幸せが待っているのだと。

2006年04月19日

ブッククロッシングという活動、オープンシェアという考え方

アメリカを中心にブッククロッシングという画期的なシステムがひろがっています。読み終えた本をもっと多くの人に読んでもらおうという活動のことで、まず本をサイトから登録し、その登録番号と「読み終えたらどこかへ置いてください」というメッセージを本に貼り自由に好きな場所にその本を置きます。後はどんどんその本が旅をしていくわけですね。次に手にした人はまたサイトへアクセスして本が手元にたどり着く経緯に触れたり、感想を登録し、次に好きな場所へ置いていくのです。人の善意の上にのみ成り立つ大変美しいシステムです。
社会は今「オープンシェア」の方向に動いています。
出来る人や持てる人がその資産(ソフトウエアなど)を開放し、その資産を使った人がどんどん新たなものを作り上げていき、更にその資産を開放していく。リナックスなどがその最たるケースなのですがとても素晴らしいことだと思います。
結局開放した人が一番恩恵を受けられるか否かは分かりませんが、少なからずその恩恵は受けられると思います。これからのビジネス社会においては、出来る人がどんどんそのノウハウを公開することで、その組織はどんどん強いものとなり、その強固な組織に働く人がどんどん強くなっていく、当然最初に資産を公開した人もその組織にいるのですから大きな成長を得られるものと思います。
皆さんが真のキャリアを手に入れていきたいと考えるなら、いかに周りの人に多くの資産を分け与えていき、共に成長するという考えを持つか否かによって将来が大きく変わってくるものと思います。

2006年04月16日

やっぱり営業新時代が来る予感

皆が嫌うことを商売にすることが一番儲かると世間では良く言われることです。
職種についても同じことが言えます。それが、皆が嫌う営業職こそもっともスキルが身につく職種であるということです。皆が嫌がるということは、それだけハードルの高い業務であり、能力を問われる業務だと言う事ではないでしょうか。
現在日本社会では、働くことの価値がなにやら大きく変化してきているような気がします。
フリーターに代表される働き方として30歳を越してもアルバイトという責任の低い仕事に従事する人がどんどん増えていっています。責任がなくあるレベル以上の業務が要求されない働き方は、それは楽と言えば楽な働き方ですね。しかし、当然ながら楽な業務にはそれ以上のスキルは決して身につきません。当たり前な法則です。
同じく営業職を嫌うのもこの現象と大きく異なるとは思えません。
これから更に働くことの意味が問われる時代が到来する中、各企業ともこの営業という職を見直してくると思います。すべての社員に営業経験をさせ、その上で各セクションへ振り分ける大手企業も改めて出てきています。
皆さんもこの時期に再度営業としいう職を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。

2006年04月13日

貧困と繁栄

南アフリカは世界一の格差社会です。富裕層上位20%の総所得は貧困層下位20%の35倍。日本は5倍前後。米国は約8倍。近年、都市と農村の格差が問題の中国が約11倍。コロンビア、ブラジルは20倍超ですが、南アには及びません。
しかしながら、南アでは富裕層が悠々自適に生活できているかと言えば決してそうではありません。犯罪数も他国と比較にならないほど多く、富裕層も道を歩くことさえできない状態なのです。どこにいくにも車から玄関といった行動を強いられ、日々何かに怯えながら生きているのです。
この現実は、何を物語っているのでしょうか。
それは一部の人が豊かになっても、その豊かな人が決して幸せではないという当たり前の現実を指し示しているのだと思います。
私は格差社会を否定しません。国の制度として格差方向に動くことは反対ですが、がんばった人ががんばった分評価される社会は悪いとは思いません。
しかし大切なのは、人を陥れたり、誰かを虐げて豊かになるのは決して真の豊かさが手に入らない現実を知ることが大切だと言う事です。
もし豊かになりたいなら、可能な限り周りへの恩恵と配分を考え、一人でも多くの人と共に成長し、豊かになっていくことを中心に考えることこそ真の豊かさを手に入れる方法であると認識すべきですね。
資本経済は、誰かが豊かになると誰かが貧しくなるというパイの理論が唱えられますが、決してそうでは無いと信じます。必ずがんばる人と一緒に豊かになる方法は多数あるはずです。ただその方法は決して楽な方法でないことも事実であることも知らなければいけませんね。

2006年04月10日

PI=パーソナルアイデンティティを明確にする

アイデンティティって、一時期流行歌でも歌われていましたが、その意味を性格に知っている人は少ないと思います。直訳すれば「あるべき姿」という意味ですが、私流に訳すなら「一貫したポリシーをもった生き様」だと思います。
若いうちはなかなかアイデンティティなどは、明確でないのが当たり前ですが、世の中で多くのものを手に入れている人に共通する点は、テクニカルな手法やスキルではなくこの一貫した考え方に基づく行動ではないかと思います。
周りに踊らされること無く、常に自分の信念を貫くことは本当に大変なことですが、その先にしか人が羨望の眼差しで見つめる現実は手に入らないと思います。
ではこのアイデンティティとは、いかにして身につけるかということですが、これまで何度も書き続けてきた「ライフプランの明確化」を日々行っていくことしかないと感じています。自分の人生の進むべき方向性とその目標を追い続けるからこそアイデンティティが身についてくるのです。目的と目標無き人生にはアイデンティティは生まれないのです。
真のキャリアを手に入れるためにはまずは、人生の目標をしっかり考えることを繰り返していってください。
目標があれば行動に一貫性がでます。その目標を追いかける日々の生活が自ずとアイデンティティを作り上げていくものだと思います。

2006年04月07日

シャープペン、バンドエイド、ジープ、独自性とリスクへのチャレンジ

シャープぺンシルはシャープが開発したノック式鉛筆のこと。バンドエイドはバンドエイド社が開発した傷絆創膏のこと。ジープとはジープ社が開発した四輪駆動車のこと。
どれもその商品を総称する言葉にまでなったブランド名ですね。
私達はその商品すべてを総称して代表的な商品名で呼んでいることが多々ありますが、改めて考えると本当にオリジナルの強さを感じます。
何事もオリジナルというものは、圧倒的な支持をされた段階で不動の地位を勝ち取るものですね。
しかし、この不動の地位を確立するために、とてつもないリスクを恐れず新たな市場を開拓してきたからこそ、それが手に入れられたのは間違いない事実です。
もしあなたが、何か本当のキャリアを手に入れたいなら、最初に行動することを恐れず、常に新しいことにチャレンジすることがとても大切なことだと思います。常に人が行ったことを物まねするだけではあなた流の不動のキャリアは手に入りません。
人の踏んだ轍ではなく、あなたが轍をつくるということが、あなた流の独自のスキルとキャリアを身につけさせていくはずです。

2006年04月04日

営業新時代のお知らせ

なぜそこまで営業職は嫌われるのでしょうか。
大学生の不人気職種第一位はずっと営業職という事実があります。しかしながらビジネスマンの6割を占めるというのも実際の現状なのです。
嫌われる原因は、ノルマとか成果とか言った結果責任が問われるイメージが強く、明確に評価される世界を怖がっているからではないかと思います。
しかし、現代を代表する経営者のほとんどは営業畑出身者なのです。
ここでもう一度営業職というものを考え直してみてはいかがでしょうか。
社会の変化を最も早く察知し、最先端の情報を入手するのはいつの世も営業職の人たちです。またお客様からの感謝の声をもらえるのも営業スタッフです。更にはビジネスマンいや社会人として最も必要とされる普遍的なコミュニケーション能力が最も身につくのも営業職であると思います。
どうしてそういい切れるか、それはお客様が営業スタッフを育ててくれるからです。お客様の要望に(時には無理難題に)応えることで多くのスキルと能力を身につけていくからなのです。
もし、あなたが一流のキャリアを身につけたいと考えられるなら、一度は営業職に身を置き、顧客の真の声を聞くことは、長い人生においてとても重要なことではないかと思います。

商品の差別化が見出せない市場において、いくらITが進化すれど、いや進化すればするほど人的なコミュニケーション能力が問われてくると思われます。
21世紀は、営業新時代が到来したような気がしてなりません。

2006年04月01日

「ねばならない」を捨てる

子供の頃から「何々しなさい」「がんばって何々するのよ」って親から強く言われ続ける子供は常にその期待に答えなくてはと考えるようになります。人の期待に応えることそのものは決して悪いことではなりません。いやとても大切なことだと思います。
しかしながら、期待に応えないといけないと強く意識するあまり、いつの日からか「何々せねばならない」と考えるようになります。
この「ねばならない」は、あまりにも強ければ自己虐待を起こし、どんどん自分を追い込んでいきます。したくもないことを強迫観念から行い、最後は自己逃避をし、自分を亡くしていくこととなります。
皆さんは「ねばならい」をもっていますか。またその「ねばならない」は、どんな「ねばならない」でしょうか。どんな人にも少しはあるはずです。
その「ねばならない」はあなたを苦しめていませんか、もし苦しいのであれば一度自分を解き放ってください。
世の中で「ねばならない」ものはほんの一握りしかありません。もしかすると大切な人を守ること以外は何もないかもしれません。
さー自分の「ねばならい」から本当の自分を解き放ち、本当に自分が「やりたい」ことを始めてください。