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目的ない人生は死すると同じ

人は単純な労働でもその目的がなければ苦渋となり、どんなに過酷な労働でも目的が明快であれば喜びとなる。働くということの源泉はこの目的というものにあります。

朝日新聞の「天声人語」に、次のような話が載っています。

『たしか、ロシアの作家ドストエフスキーの「死の家の記録」だったと思う。囚人に苦役を科し、土の山を別の場所に移し、またもとの山に戻すといった仕事を繰り返させたら、数日で首をくくって死ぬだろう、といっている。
 人は無意味な労働はどんな状況にあっても続けることの出来ない生き物だと思います。』

昔の話ですが山口県の岩国では汚染源の東洋紡の工場が、海でとった魚をすべて買い上げることにきめました。海が汚染されていると漁協が訴えたことに対し、取れた魚はすべて市価で買い取るという条件を提示したものです。はじめのうちは、取れば取るほど金になるので、精を出して出漁する人もいましたが、やがて漁師たちは、捨てるために魚を取ることに意味がないことに気づき、自己を責め始めます。
そして、漁師をやめる人が後をたたなくなったそうです。

働くということは、一時的にはお金のために目的や感謝される背景がなくとも続けられますが、結局それは空しいだけでいつの日か虚無感に苛まれていきます。

とにかく目的を明確にする。そこから本当の生きがいは見つかってくるものと思います。

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