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2006年03月29日

寂寞の想い

コブクロの「ここにしか咲かない花」の中で、不意にこみ上げる寂寞の想い、というフレーズがあります。現代の若者は皆この寂寞の想いをもっていると言われているそうです。寂寞の意味は「ひとり寂しい様」という意味ですが、唄にのると哀愁漂って聞こえます。しかし、その実は孤独ということであり、社会が豊かになればなるほど逆にこの孤独感は募っていくようです。
それはなぜなのでしょうか。豊かになるとは、あくまで物質的な豊かさのことであり、人は物質を手に入れることと引き換えに心の豊かさを亡くしていくからでしょうか。物質的に豊かになれば人は助け合う気持ちは無くなっていきますし、人に対しての関わりを拒んでいきます。
キャリアを手に入れたけど寂寞の想いにかられることはしばしばあります。競争に勝ったけどそのステージには何も無かったと感じている人はとても多いと思います。
もしあなたが孤独を感じたなら、それはキャリアや物質的なものが何のために手に入れたのかという目的そのものがどこかに消えてしまったか、最初から明確でなかったのかもしれません。
でも決して遅くはありません。今この時点からもう一度、何のために多くのものを手に入れるかを考え始めれば良いのです。
そうすれば寂寞という感情は無くなっていくと信じています。

2006年03月26日

求人倍率の光と影

景気回復を裏付けるように有効求人倍率が2005年12月に1.00を超しました。これは13年ぶりの回復であり、やっと求職者に光が射してきたかのように言われています。
しかし、この求人倍率の地域格差は日を追うごとに差が開いてきている現実があります。
1位愛知―1.61 2位群馬―1.59 3位東京―1.54 4位三重―1.50 5位福井―1.39と上位県は更に倍率を上げています。そしてワースト県は47位沖縄―0.41 46位青森―0.44 45位高知―0.48と0.5にも満たない状態となりその状況は更に厳しいものとなってきています。
この背景には主力産業が無い、首都圏から距離があるという理由を挙げていますが、それ以上に県政が問われるものではないでしょうか。しかし、ここで求人倍率が高くなったと喜んではいられない現実があるのです。上位県などは求人数は増えていますが、その内正社員比率は年々下がり続け、今では54%程度しかないというのが現実なのです。唯一正社員の倍率が超える県は愛知県だけという結果がでています。
これから一層この傾向は高くなり、正社員雇用市場は更に厳しい状況が訪れるものと思います。
だからこそ、我々は自身のキャリアプランを常に明確にし、自己を高め続ける必要があるのだと確信する次第です。

2006年03月23日

失望も出来ない若者!

東大助教授の玄田有史氏は、「希望に関する問題は、希望を持つことが大事という単純な話ではなく、希望がなければ失望もできないという点が重要なのです。失望しなければ本当に自分がやりたいことや社会の中でできることが見えてこない」と声高に言われています。

この、希望がなければ失望もできないという言葉には大変共感を持ちました。結局のところ何も変化がない人生には、真のキャリアは身につかないというのが結論だと思います。
では希望を持つということはどのようなことか。希望を持つことが出来ない人はどうしたら良いのか、そこがまず最初のハードルになってきます。私なりに言わせて頂きますと、希望とは目標であり計画するということだと思います。何も計画のない人生には決して希望が湧いてくるものではないと確信します。希望とまでいかなくともまずは計画を立てることが大切です。目標の計画を無理にでも立てることで、人はそこに幾ばくかの希望を見出していきます。そしてその計画に対しての進捗状況を計画とすり合わせていく、その繰り返しをする中で、当然ながらうまくいかないことがどんどん出てきます。あまりにかけ離れた状況が起きればそれは、ある種の失望になってきます。しかし、計画を毎日追いかけた人は、この失望によって安易に計画を変える方向には動かないものです。失望しても必ず次の改善策や計画を考えていきます。
そうなんです。結局計画に対して未練が残り、執着心が湧いてくるのです。
失望は希望からしか湧いてこない。希望は計画からしかうまれてこない。是非この言葉を失望できない若者に受け止めてもらえることを願ってます。

2006年03月20日

描けぬ未来、意欲失う若者

朝日新聞のコラム「分裂にっぽん」に大きく掲載されていたこのタイトル。文章の中身はフリーターやニート現象の今をより詳しく問題提起したものでした。このニート問題を私も何度も取り上げて書かせて頂きましたが、改めて感じることがあります。それは保護社会のゆがみがすべてをおかしくしているということです。
誤解保護社会とは、「無関心であるのにお金の援助はする」「厳しくすると自分も辛くなるから手を差し伸べる」という状態を言います。家庭内では、働かない子供に対して、「自分」が見つけられないのはかわいそうだと、働かない子供に食事の世話をする過保護な親のことを言います。また社会においては、ホームレスに協力して公園などからの撤去行動への抗議行動をする誤解ボランティア団体などのことを言います。
このどちらもサポートしていることが本当にその人のためにはなっていません。一番欠落していることは、「真の自立支援」ということからは大幅に逸脱しているということです。
人権の保護とは、その人が自立して豊かに暮らしていくことであることを絶対に忘れてはいけないと思います。

2006年03月17日

不平屋はいらない

誰かがお茶を入れてくれると「もう少しぬるめがいいのに」って思う人。寒そうだからということで暖房を入れてくれれば「音がうるさい」って言う人。朝会社へ来て机の上をきれいに拭き掃除してあると「なんで勝手に書類を移動するのか」って思わず口に出す人。
そんな人は、いずれ周りの人から口を塞がれることになるでしょう。
人の親切や思いにちゃんと正面から答えられず、いつも不服や文句を言っている人はいつか必ずその口を閉ざされるはめになります。口を閉ざされるとは、誰にも相手にされなくなり会話をすることが無くなるということです。

不平屋はもういらない!そうあなたの周りにいる不平屋はいらないはず、だからこそあなたの中に居る不平屋をいますぐ排除しましょう。
そこから始めることが何よりキャリアを手に入れる最短の手段であると思います。
どんな些細なことでもまずは「ありがとう」ですよね。

2006年03月14日

細胞を壊せ!!真の強さはそこから生まれる

先日スケート選手の岡崎朋美選手のドキュメンタリー番組が放映されていました。
34歳となった今、4回目のオリンピック出場を手にしましたが、並大抵の努力ではなく人間の限界を超えたトレーニングを繰り返している姿が写しだされていました。

彼女は番組の中で「過酷な練習で細胞を破壊する、破壊することでより強靭な細胞が生まれくる」と表現していました。
その言葉通りそこまでしないと真の強さは生まれてこないのでしょう。
私達凡人は、今の自分をすべて破壊することはできません。細胞は当然ながら固定観念というものさえも壊していくことが難しいような気がします。
しかし、何か本当に手に入れたいものが出てきた時には、今の自分をすべて壊してしまうぐらい考え方を変え、努力につぐ努力を繰り返さなくてはいけないと思います。
真のキャリアも今の自分の固定観念という細胞を壊して始めて手にいれられるものではないでしょうか。

2006年03月11日

会社のルールと家庭のルール

会社と家庭のルールというものを考えたことがあるでしょうか。
同じ人が暮らす環境ですから、相手を尊重することや相手を認めお互いが助け合っていくことが一番の根底にあることは言うまでもありません。
しかしながらこのふたつの環境には最も大きな違い、最も異なるルールがあると常に感じます。
それは役割というものの考え方です。

会社という組織での役割とは、目標に向かってそれぞれがなすべきことをしっかりと全うするということです。例えば上司は部下が出来ない業務を見て、自分がやったほうが早いからと役割を超えて対応すれば、当然ながら部下は育ちません。自分自身は一瞬楽になったような気になりますが、結果的に何も改善をされていないものです。

逆に家庭では、夫の役割、妻の役割といって家事に関して奥さんが忙しくしているのに手伝わないというのは全くもって誤解以外の何者でもありません。
家庭での原則は「今この時点でできる方がすればよい」のです。会社という組織は収入を稼ぐという営利目的があります。この場合当然ながら役割をしっかり自覚し行動をしなくては双方にメリットを生みません。しかし、家庭は共同作業であることが前提の組織です。その組織をうまく円滑にしていくにはやはりできる方がすればよいのです。
得てしてこの考え方が逆になっている人がいますが、決して真の幸せはそこには宿ってきません。
誤解の無いように日々の努力をして頂きたいと思います。

2006年03月08日

社会不安生涯治療法に見る自己改善方法

スピーチなどを頼まれた時から、失敗して他人から馬鹿にされはしないかと考え、プレッシャーを感じて苦しい日々を過ごしたり、マイクの前に立ったもののふるえが止まらず、声もうわずり、スピーチを続けられなくなってしまう。あるいは、友達の家に食事に招待されたものの、不適切な食事のマナーを指摘されるのではなどと気になって、顔が真っ赤にほてり、おいしい料理ものどを通らなくなってしまう。
他人に悪い評価を受けることや、人目を浴びる行動への不安により強い苦痛を感じたり、身体症状が現れ、次第にそうした場面を避けるようになり、日常生活に支障をきたすことを、社会不安障害(SAD:Social Anxiety Disorder)といいます。

この病気の人は全国に300万人以上いると言われています。その改善方法に「行動療法」というものがあります。行動療法とは不安が生まれる状況にあえて飛び込んで、刺激に身を曝す強制療法のことを言いますが、唐突に刺激の強い状況に身を投じるのではなく、段階的な目標に沿って、徐々に身を慣らしていき、不安症状を改善していく方法です。

私は身近にこの症状の人がいたせいか、幾度となくこの病と闘ってきました。
この改善方法である行動療法は、何も社会不安障害にだけ効果的なものではないと実感します。むしろ、あらゆる性格や習慣の改善に効果的であると思います。

人は自分を変えようとする時、理解はしていてもなかなか行動できないというある種の踏ん切りのようなものが大きなハードルになります。怠惰な性格や依存してしまう性格などは、まずそのことが認められない環境に身を置くことが大切です。
社会不安障害という病と性格改善を同じように捉えることはとてもその障害がある人に失礼なことかもしれません。しかし、怠惰な性格であるような人はあくまで病ではなく、性格です。そことを理解し、病と闘っている人がいる事実をしっかり自覚して自己改善が必要だと自分を戒めることが大切であると感じたので、あえてこの話題に触れました。
自己改善はまず許されない環境に飛び込む勇気をもつことではないでしょうか。

2006年03月05日

目的ない人生は死すると同じ

人は単純な労働でもその目的がなければ苦渋となり、どんなに過酷な労働でも目的が明快であれば喜びとなる。働くということの源泉はこの目的というものにあります。

朝日新聞の「天声人語」に、次のような話が載っています。

『たしか、ロシアの作家ドストエフスキーの「死の家の記録」だったと思う。囚人に苦役を科し、土の山を別の場所に移し、またもとの山に戻すといった仕事を繰り返させたら、数日で首をくくって死ぬだろう、といっている。
 人は無意味な労働はどんな状況にあっても続けることの出来ない生き物だと思います。』

昔の話ですが山口県の岩国では汚染源の東洋紡の工場が、海でとった魚をすべて買い上げることにきめました。海が汚染されていると漁協が訴えたことに対し、取れた魚はすべて市価で買い取るという条件を提示したものです。はじめのうちは、取れば取るほど金になるので、精を出して出漁する人もいましたが、やがて漁師たちは、捨てるために魚を取ることに意味がないことに気づき、自己を責め始めます。
そして、漁師をやめる人が後をたたなくなったそうです。

働くということは、一時的にはお金のために目的や感謝される背景がなくとも続けられますが、結局それは空しいだけでいつの日か虚無感に苛まれていきます。

とにかく目的を明確にする。そこから本当の生きがいは見つかってくるものと思います。

2006年03月02日

結婚と仕事

人生のターニングポイントである結婚。特に女性にとっては、仕事そのものに大きな影響を与えることもしばしばあります。
結婚した相手が転勤族であったり、そうでなくとも勤務地が急に変わってしまうことがあります。その場合、家族ごと転居することを決めれば当然ながら奥様の方の仕事は変わらざるをえません。
転職をお考えの時に、女性の場合は特にここ数年間で結婚の予定があるのか、また結婚後も変わらず現職で働き続けたいのか、もし伴侶が転勤を余儀なくされた場合、どう決断するか、その点をしっかり考えられて、転職の方向性を決めていく必要があります。

女性の場合、大半の方が長く働きたいと望まれますが、結婚という大きなイベントでその望みが叶えられないことも多々あります。
特に事務職であれば年齢と共に転職難易度は急激に高くなります。
長く勤務することで、当然ながらその責任はどんどん増えていきます。しかしながら、結婚を機にその重責を担うための環境は厳しくなります。本当に長く続けたいと願われるのであれば、伴侶の相当なご理解が不可欠になることから、女性の場合は男性以上にしっかりしたライフプランと周りの人や環境との調整が必要になります。
このようなことから、女性は男性以上にしっかりしたご自身の生き方について自問自答を繰り返し、明確な人生設計を行っていく必要性を感じる次第です。