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2005年12月29日

仕事の延長線上にしか休みはない

現在出版業界は、インターネットの普及や若者の活字離れなどで、1997年から下降の一途。そんな中、大手出版社でもミリオンヒットは10年に一度出れば大成功という中、過去11年で何と10作ものミリオンセラーを出し、「奇跡」とまで言われているのが・・・幻冬舎!
その幻冬舎がこの度男性誌を出版しました。コンセプトは、「仕事が楽しければ人生が楽しい」「仕事の延長線上にしか休みはない」です。これまで男性誌は、男性のファッションを扱っているものか、男性の趣味を扱っているものばかりでした。ビジネスを基本にしたこの雑誌は新たなジャンルとして話題になると思います。

この雑誌を見た時ふっと感じたことがあります。それがこの休暇についてです。

転職希望者の中には、余暇の充実をしたいと言われる方がかなりの数おられ、転職条件で土日週休二日を条件にされます。その際にもう一度考えなくてはいけないのが、その余暇に何をするか、どのような目的で休日を取るのかということです。
無目的な休日は単に時間の浪費でしかありません。その浪費のために、多くのチャンスを犠牲にしている場合が多々あります。

この雑誌のコンセプトのように、本当の休みは仕事が充実した谷間にしか得られないような気がします。決して仕事ばかりするということではなく、仕事が充実して始めて休暇が活きて来るということです。

転職の際に今一度休暇についての考え方や、休暇の意義について考えてみてはいかがでしょうか。

2005年12月26日

丁寧に書くこと、それが文章力の基本

文字で真意を伝える、文字で交渉を行っていく、それはかなり高度なスキルではないかと思います。

会話であれば相手の反応を伺いながら、臨機応変に対応ができますし、感情を伝えることができます。しかし文字は、単に要点だけを記載すれば真意は見づらくなるし、過剰に書き記すと分りにくい以上に、不信感を持たれる場合が時に発生します。また説明不足であれば、誤解を生じさせます。本当に文字で表現することは大変難しいことですね。

しかし、間違いなくこれからのビジネス社会では、この文字力が問われてきます。そのために今からとにかく書く能力を高める必要がありますね。

では書く能力はどうやって鍛えていくのかというポイントですが、それはとにかく書き続けるしか、基礎力向上方法はありません。

次にどのように書くかという方法論ですが、次の3つを参考までに記載しておきます。一つ目は、伝えたい要点が幾つあるのか、その要点数を事前に述べて後は箇条書きにする。二つ目は、できるだけシンプルにし、短い文章で伝える工夫をする。三つ目はとにかく、丁寧な言葉で謙譲の意を示すように心がけることです。

仮に要点が十分にまとめられていなくとも、全体が常に丁寧な文章であれば、人は不快を感じることはありません。とにかく文章を発信する場合は、誰であってもとにかく丁寧に書き記すことが必須です。仮に部下へメールをする場合にでも出来るだけ丁寧な言葉を選んで送るようにしてください。必ず伝わり方が変わってくるはずです。

2005年12月23日

ビジネスマンに最も問われる「論理的文章力」

これからのビジネスマンに最も求められる能力は何か?IT化社会に向けての「ITリテラシー」であったり、差別化がより難しくなる時代に向けての「プレゼンテーション能力」などなど色々とあげられるかと思います。

中でも私は、「文章力」ではないかと最近感じています。より分り易く、共感を呼ぶ文章能力が急激に求められるようになると思います。ITの時代になり、eメールが普及し、最近ではアポイントのお願いや価格商談まですべてメールで行う習慣化が促進されています。

わずか10年前にメールでアポイントをとってきたら、実に不愉快な思いをした人は多いはずですが、習慣は変わっていくものです。今では殆どの人が受け入れてしまう時代となりました。

つまり文章の内容如何でビジネスが大きく変わっていくことが予測されるのです。また最近の潮流としてブログなどの個人ライターが続出し、社会現象になってきています。この潮流は更に拍車がかかり、より一層書くことで社会へのアピールをする時代となり、ビジネスシーンも更に文章での商談が増えることが予測できます。

そうなれば当然のごとく書くことが必須の能力になるわけで、より「論理的文章」が書けることがそのスキル評価の最たるポイントとなると思われます。

是非あなたも今日から書く癖を身につけてはいかがでしょうか。

2005年12月20日

夢に日付を、目標にシナリオを

「夢に日付をつける」とは、居酒屋ワタミを展開している渡辺社長の名言です。人生で多くのものを手に入れられる人とそうでない人の差は、この日付を付けられるか否かによって決まると言っても過言でないかもしれません。

殆どの人は、あれが欲しい、これがしたいと頭に描くことはしても、それをいつまでに行うかまで決める人は殆どいません。出来ればいいなとか、手に入ればいいなとか、思うだけで終わっている人が大半ではないでしょうか。

ここで体質を変える最も端的な方法は、とにかくしたいこと、欲しいものが浮かんできた時に、すぐに紙に書き出し、無理だと思っても日付をつける以外にないのです。

転職活動でも全くもって同じことが言えます。何か良い条件があれば、いつかは転職するという考えをもしお持ちでしたら、まずはそこから変えていかなくてはいけません。そんないい加減な想いでは、仮に適職が現れても、意思決定をする勇気や情熱が欠落しているために見過ごすことになります。大切なのは、いい仕事が見つかったらではなく、いつまでに見つけるという日付を明確にし活動をされることです。

更に重要なポイントは、その期日までにどのような手段をとっていくのか、エントリーサイトへ登録をするのか、定期的な情報を毎日見るのか、その手段を可能な限り計画し、それを具現化していく、そう目標までのシナリオが必要になるのです。

夢に日付を無理やりにでも付け、その夢の実現のためのシナリオを徹底的に考えてみること。それ以外に成功する、適職を見つける方法はないように思えます。

2005年12月17日

あなたは幼いころ何になりたかったですか

あなたの小学生の時、何になりたかったですか。
その夢はいつまで続きましたか。
そしてその夢は叶えることができましたか。

あなたの中学生の時、憧れた人は誰ですか。
その想いはいつまで続きましたか。
そしてその人に近づくことができましたか。

あなたは高校生の時、手に入れたいと思ったものは何ですか。
その願いはどれだけ続きましたか。
そしてそれは手に入れることができましたか。

あなたは社会人になり、小学生の時なりたかった人や
中学生と時憧れた人物にどれだけ近づいていますか、そして高校生の時、
心から手に入れたかったものを今手にしますか。

もし近づくことも、手にすることも出来ていなかったとしたら
今すぐに始めなくてはいけないことがあります。

一つ目は今でもその想いを少しでも持っているか再確認すること。
二つ目はもしその時の想いが消えうせたのなら何が原因で
無くしてしまったかしっかりと自己認識すること。
三つ目はもしその想いを少しでも持っているなら、
再度今の環境がその想いを成し遂げられる環境か分析すること。

そして環境が伴わないなら今すぐにその想いに再度挑戦するために
新たな道を歩き始めてみてはいかがですか。

なぜならその時の想いには打算はなく、真の自分がそこにあったことは明らかだったのですから。

2005年12月14日

本当に苦しい時を乗り切る知恵

人生において、どんな人も何事も無く一生平穏無事に暮らしていける
ことはまずないと思います。
誰にも苦しい時期が一度や二度あるはずで、乗り越えなくてはいけない
ハードルは現れてきます。

特にハードルというものは、キャリアを身につける、働くという行為から発生する
ことが最も多いように思えます。

ハードルは逃げてしまえばそれ以上のハードルが現れてくるという現実があり、
決して避けて通ることを選択しては成長は絶対にありません。
しかし、あまりにも大変だとその渦中にある時、精神的にも
異常を来たすことがあったり、何もできなくなったりする人もいます。
しかし逆に予期せぬハードルが現れても、その苦しみも楽しみながらクリアする人もいます。

ここで少しだけアドバイスなのですが、楽しみながらクリアする良い方法があります。

それは大変なハードルに遭遇し、行き詰った瞬間、
「自分を第三者として見つめてみる」 、または「第三者として演じてみる」
そうしてみてください。

そんな簡単にできないよって思われるかもしれませんが、
意外にそう思った瞬間にできるものです。
でも、もしそれでも難しければ、シナリオを書くことです。
小説を書くがごとく、今何が起こっていて登場人物は誰で、自分はどう感じている。
その上でこれからどうするかを文書にしてみるのです。

想像以上に苦しみがすっとなくなり、元気が湧いてくるものです。

是非一度試してみてください。

2005年12月11日

トータルつき一定の法則

人の運というものは、その「つき」について生涯で一定の量が定まっている、と
「運命の法則」の著者、天外伺朗氏は解説をされています。

この「つき量」は、お金持ちの成功者も、そうでない一般の人も
まさしく同じだけ持って生まれたのだと私も思います。
成功者は、単にその「つき」を理解し、うまく活用しただけのことで、大半の人は
目の前の幸運=つきを見つけられないまま過ごしてしまうのだと思います。

例えば二人の営業マンが同じクライアントへ訪問し、商談をしたとします。
その会社からとんでもない価格の引き下げを言い渡されたとします。

一人目の営業マンは、これではどうしようもないからと言ってこれまでの取引を諦める。
しかしもう一人の営業マンは、この価格要望に答えれば契約が遂行される、いやそれ以上に他の会社の仕事も取れると考えて努力する。

以前に「ものは思いよう」と書かせて頂きましたが、その考え方にも通じるものですが
この現象も、実際には「つき」を見つけられるか否かは
あなたの姿勢にかかっているということをあらわしているのです。

この判断は単なる営業成績という結果に繋がるだけでなく、
人生そのものに大きく影響を与えることになります。
つきは一定量という観点から、気づかず捨てているということではないかと思います。

さー、これらのことから考えると、今もしあなたがついていないなーって
感じているなら、それはかなりラッキーなことだと受け取るべきです。

なぜなら、これからとてつもなく大きな「つき」が待ち受けていること然りだからです。
逆に俺は運がいいナーって感じているあなたは、
しっかり今の環境を見極めて、自分だけがその幸運に浸るのではなく、
必ず周りの人への恩恵を考えてください。

そうしないといつか「つき」は逃げていきますよ。

2005年12月08日

幸福貯金!!は本当にある

昔テレビ番組で同タイトルのショートストーリーが放映された記憶がふと甦ってきました。
その番組の内容は、幸せ銀行に行き、登録をすると通帳が渡されます。
そして毎日の生活の中で人に親切にしたり、助かることをすると
その通帳にどんどん幸福が貯蓄されていき、一定まで貯蓄されると
今度は引き出すことができる、というものでした。

物語の最後は、貯蓄以上に幸せを使いすぎた主人公が大きな不幸にあうという
最初から想定できるイージーなものでしたが、なぜか記憶に深く留まりました。

というのも日頃から、幸せは貯金が出来るし、貸付をすると必ず返さなくてはいけない
という確固たる思いがあったからだと思います。

人は当然人に親切にすれば、直接その人からでなかったとしても
その行為を見ていた周りの人から、多くのプラスの贈り物をもらうことになります。
逆に不満ばかりを言って、周りの人からしてもらうばかりの人は、
必ずどこかで支払うことになっています。

キャリアにおいてもこの幸せと同じような一定の貸し借りがあるようにも思えます。
20代の内にとにかく誰よりも働いた人は、30代、40代でその貯蓄を必ず使えます。
怠けた人は言うまでもありませんが、要領だけ良く、部下や周りの人の活躍を
自分の手柄のようにして評価を得た場合は、必ずどこかでその「つけ」を
払うことになります。

部下の素晴らしい研究の功績を自分が行ったと報告を続けた人がいました。
ある時その部下の研究内容が多大な会社の損失を受けることになり、
その人は見事に即日解雇になってしまいました。

いつの世も因果応報であると共に、与えれば増えるという法則は間違いないようです。

2005年12月05日

希望とは努力の末に成長できたと自覚できる瞬間が与える産物

多くの新聞や雑誌で取り上げられている東京学芸大学の山田教授が書かれた『希望格差社会』の中で、教授は諦め社会構造の危険性を唱えられています。
内容の骨子は、『希望格差社会とは将来に希望が持てる人、もてない人の二極化が生じている社会を指す。つまり、未来に対する考え方の「二極化」の進行である。日本の社会のもつリスク化と二極化が、経済、家族、教育のシステムをどのように不安定化させているかに関して考察している。高度成長期から90年代頃までは、「負け組」に属していても、本人の努力次第で「勝ち組」に
入れるシステムが機能していたにもかかわらず、現在は徹底的な二極化が生じている。つまり、量的格差(経済的格差)が質的格差(職種やライフスタイルの格差、ステイタスの格差)となり、心理的格差(希望の格差)になると筆者は主張している。』

この希望格差は、これから更に広がるものと思います。

この社会問題を直視する時、もともと希望とはどこから湧いているのかということを考える必要があります。

皆さんは「希望」はどこから湧いてくるものと考えられますか?

さまざまなご意見はあると思いますが、私は希望の源泉は、自信と貧困から起こるものだと思っています。

社会が混沌としていようが、周りで脱落していく人がいようが昨日の自分よりも少しでも成長をしている、昨年よりも何かを達成できていれば必ず人は次のステージを求めていきます。

希望とは努力の末に成長できたと自覚できる瞬間が与える産物だと思います。

また人は満たされ過ぎると馬鹿になります。

馬鹿になるとは、満たせれていることへの自覚を無くし、トライする気持ちも無くしてしまうことなのです。

少し満たされていないことが、人をハングリーにし、成長しようという欲を導き出すのです。

希望はその先にしかありません。

希望が見えない、存在しないと言われる方は、まずは今の自分にひとつだけ自信をつけられるよう、全力で何かに邁進してください。

必ず光が見えてくるはずです。

2005年12月02日

未熟なうちは適職は見つからないもの!!

自分探しという名目で働かない若者!!
何が向いているのかわからないと言って退職をし、
家族を不安の渦に巻き込む40歳を超えた中年者!!

いずれも自分をハッピーにしてくれる魔法の仕事が存在するとでも
思っているのか、自分探しの旅に出ています。

しかし、ここではっきりしておかなくてはいけないのが、
「自分探し」というものは決して「仕事探し」ではないと言うことです。

真の自分の価値観や生きがいを見つけたいなら、それはどんな仕事を通してでも見つけられます。

逆に言えば自分が未熟な内は絶対に適職は見つけられないものです。

自分が本当に手に入れたいものを仮で良いですから想定し、
それを手に入れるために今何の仕事をすべきか、何のスキルを
身につければ良いのか、そこをしっかりと考え、
現時点では心から適職と思えない仕事であっても目標のためにがんばっていく。

そして自己の成長が伴っていき、始めて「適職」というものを
自分で認識できるようになれるのです。

適職は自己成長の先にある。それを忘れないでください。